「私はもう、何をしても無駄である」
「私はたのしい仕事を一生することができない」
私は社会人1年目から6年目にかけて、この感情をさんざん味わってきました。
パワハラから始まり、自分でどう頑張っても結果が出すことが困難な環境、ロールモデルが身近にいなかったり、諦めるしか選択肢が無かったり…。
一方で、仕事とは本来楽しいもので、充実感、やりがいを感じつつ、世の中をより良いものにできる…そういう世界もあるらしい、ということは知っていました。でも、心のどこかで、信じられないと思っていて。組織に属している以上、周囲の権力者によるしがらみからは避けられず、楽しく働くなんて出来るはずない!と思っていました。
そんな中、育休という時間を得て(その殆どは娘と向き合う時間でしたが)ようやく、自分が楽しく仕事ができないことへの悔しさと向き合い、自分のキャリアをやり直したい、と思えるようになりました。
社会人6年目で、私はキャリアを諦めた
社会人6年目の頃、私は部長職の方に「お前はコミュニケーション能力が決定的に欠けている!」と言われてしまいました。私の仕事ぶりを、社内の誰かに聞いた、とのことで。
「社内の誰か」が、私のことをそんなふうに評価しており、人づてに聞かされた、という事実にショックを受けたり、
普段近くにいない部長が、どうしてここまで言えるのか。私の置かれている状況を、十分理解した上で言っているのか。という怒りや
私の仕事のしかたが悪い…すべて自分が悪いからこうなったのだと、自分を責めるしかなかったり、
自分でどう頑張っても結果が出すことが困難な環境であったために、これからどうしたらいいのか分からず、途方に暮れたり、
とにかく、めちゃくちゃな状況に追い込まれてしまいました。
今思うと、あれは、私を激励するための行動だったのでしょう。しかし、当時は消耗しきっていて挽回する気力が残っておらず、その後はすっかり、キャリアを積み上げることを諦めてしまいました。
私が尊敬する佐々木常夫さんは、次の言葉を残しています。
3年で物事が見えてくる、30歳にして立つ、35歳で勝負は決まり
このとき、私はすでに30歳。仕事で何も結果をだしていないから、一人前の仕事が出来ると見なされない。私のキャリアは終わったな。もう、諦めるしかないな、って思うしかありませんでした。
(その後、この言葉は必ずしもそうではない、と知ることになるのですが、当時はとにかく絶望するしかありませんでした)
このままで本当にいいのだろうか
バリバリ働くのはもう疲れたから、最低限の賃金でいいからゆったりと暮らしたい、と一般事務に転職、その後は完全に割り切り志向。仕事では自分の責任は果たすけれどもそれ以上のことはしない。苦労してまで自分を高めようとは思わない。
仕事で充実感を感じていたい、という本当の願いはありつつも、そんなの出来っこない、私は落ちこぼれ組なんだから…と、娯楽に走る日々。
このままで本当にいいのだろうか、という思いは常にありました。事務だけをやっている状況の中では、自分のスキルの頭打ち感を感じていたこともあります。
それで、組織や場所に縛られない働き方や、専門家になることに憧れ、そのための準備に着手したこともありました。
しかし、本業では完全に割り切っていたため、目に見える結果を出さない日々。
悔しい気持ちを感じきる
育休中、自分のこれまでの人生、特に仕事人生をじっくり振り返る時間を得て、初めて、強く、悔しい気持ちを感じました。
- こんなんで落ち込んで、自分の人生を棒に振ってどうするの!?
- なんで、権力者の言いなりになって、おとなしくしているんだ!?
- 今まで、仕事で本気、出したことがないよね!?
こんなに悔しい気持ちを感じたことは、仕事人生では初めてといっていいくらい。それまでは、「自分の人生こんなもんだよね」とサッサと諦め、受け流して、日々の雑務に忙殺されに行ったり、娯楽に走ったりしていたから。(きっと、直視しないようにしていたんだと思います)
ここで、思いっきり悔しい気持ちを感じきったのは、とてもよかったです。
今からでもやり直すには、じゅうぶん時間はある
悔しい気持ちを感じきる、という体験を経て、自分の内からふつふつとした熱い想いが湧いて出てきました。
私はこれから、充実感や達成感を感じる働き方へシフトすることが出来る。心からそうなりたい。
というものです。
今からでも、自分のキャリアをやり直すには、じゅうぶん時間はあるはず。
まだ育休中ですが、仕事に復帰したあと、やるべきことがたくさん見えてきました。
そのためにはまず、仕事への向き合い方を変えようと思います。そして、楽しく働き続けるために、体力をつけたり、自分をどんどん高めていこうと思います。