私は自分の欲しいものや、本当の気持ちを、相手にうまく伝えることができない。(大人になった今はだいぶ言えるようになったが、まだまだ足りないと感じている)
いつだって、誰かの意見を聞いているだけ…のような感覚。そして、それに応えようとしている。なぜか、自然とそうなってしまう。
自分の意見を後回しにするのは、もはや日常である。
珍しく、自分の意見をバンっと言ってしまった日には、反射的に「言ってしまった」「やってしまった」と感じてしまう。
それはなぜなのか?
過去の体験から考えてみる。
うまく伝えられない理由
私はかつて、自己主張をしない子供だった。というか、自分の意見がなかった。
人に合わせるのが当たり前だったから。
自分の気持ちを押し殺すのが常だったから。
突然、誰かから意見を求められても、何を言ったらいいのかわからなくなって、頭が真っ白になる。
何も言えずにいると、からかわれたり、攻撃されたりする。
そんな出来事を繰り返し、自分の意見を求められることが嫌いになった。
子供のうちは、それでも何とかやっていけた。
大人になって、会社に入り、なんとか自分の意見を言えるようになっても、どうしたって抑圧される、責められることが多かった。
相手の意見に言い丸められる。
なぜそう考えるのか、深いところまで話さないといけない。
相手は時間がないのだから、端的に話さないといけない。ダラダラと話すのは相手の時間を奪う行為だ、と怒られる。
相手が期待している「きれいな回答」が求められる。
相手の質問に何も言えないと、攻撃される(自分の考えを言葉にするのに時間がかかっているだけなのに)。
適切な言葉を使わなかったせいで、話を聞いてもらえない。
2社目である今の職場ではそんなことがなく(それでも人間関係のいざこざはあったが、前職の比ではなかった)安寧に過ごしていたつもり。でも…
自分の意見を言うと「攻撃される」「責められる」という思い込みが、今も私を支配しているようだ。
じゃあ、どうする?
「なんか、いままで、つらい思いをいっぱいしてきたんだねー。
それを必死で受け入れて、それでも生きようとしていたんだねー。」
「話はわかった。じゃあ、どうする?」
考えられる“やり方(doing)”としては、
アサーティブネスの技術を身につけるか、
(相手を尊重ながらも、自分の意見を伝える技術)
「決断をすぐに下す」習慣をつけるか。
(すぐ決断する、というのは、言いたいことをすぐに言うことにつながる)
でも、やり方(doing)だけでなく、あり方(being)も大切なのは知っている。
つまり、先に書いた思い込み…自分の意見を言うと「攻撃される」「責められる」
これを緩めること。
うーむ、ここらへん、しっかりと向かい合わないと難しいかな・・・
おわりに
やり方(doing)を整えることは手先のテクニックのようで、すぐに出来て即効性があるけれど、あり方(being)が伴わないと、苦しくなる。
あり方(being)を整えるには、じっくりと腹を据えて自分の心と対峙するか、カウンセラー(専門家)の力を借りるか。
自分ひとりで取り組むのは、ちょっと大変ではあるけれど、根気よく、やっていくしかない。